静岡市のスペイン料理『サングリア』のランチをいただく。
パイリアがチョイスできる。
魚介を選ぶ。
リピートしたい。
友人は数人、多いとは言えない。
学生時代、一人。
サラリーマン時代、一人。
自営業時代、一人と少ない。
昨日はサラリーマン時代の友人(設計部長)とサングリアでランチメニュー。
サラリーマン時代、嫉妬絡みの茨の道だった。
友人はその顛末を知っていた。
当時の僕の悪評判を初めて友人が語る。
我慢を強くしてくれた。
人づてに利害関係のあった元上司が、アイツどうしていると言ってたよと聞く。
全ては恩讐の彼方だ。
会食での会話で印象に残ったのは親子関係。
交流をしていない親子が少なくないという。
友人は特に父親の責任だと指弾。
父親が子供たちに上から目線でいや気がさす。
教育者ぶって𠮟る。
親子関係がギクシャクする。
親元に近づかない。
次第に遠のく。
子どもたちは親の立ち居振る舞いを見ている。
教訓をたれるほど立派ではない。
石原慎太郎一家にも、長島茂一家にも影がある。
いわんおやましてである。
朝5時起床を常としているが、最近は1時間位遅れる場合もある。
一人時間を瞑想する。
バカな考え休みに似たりと揶揄されそうだがかまわない。
瞑想(迷走)すると考えが整理整頓できることもある。
たかが我人生、されど我人生だが会社員⇒自営業⇒ロックアート作家と変遷する。
医師である恩師がロックアートを開発、伝授してくれた。
間もなく50年になる。
力不足で世に出ない。
細々と火を灯している。
恩師から授かったロックアート、次世代につなげたい。
3歳の孫が興味を持ってくれ有難い。
せめて蝋燭の火が消えないうちにロックアートを繫げていきたいと思う今日この頃。
『外国人が愛した日本』を特集した冊子から学ぶ。
① 現在放送中の連続テレビ小説『ばけばけ』で注目を集めるイギリス国籍の小泉八雲氏(ラフカディオ・ハーン)、多角的な文筆家。
松江と焼津にゆかりがある。
松江には1年半。
② フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト氏はドイツ出身の医師。
雲仙をこよなく愛す。
帰国後著書『日本』を出版。
江戸時代後期、長崎・出島のオランダ商館医だったシーボルトはオランダ商館長が将軍に謁見する江戸参府に随行。
③ イギリスの旅行家、イザベラ・バード氏は従者一人を連れ、東北を旅する。
明治時代、山形の置賜地域を旅し東洋のアルカデヤ(桃源郷)とよぶ。
南陽に親族があり、何度も赤湯温泉に浸かる。
赤湯温泉『御殿守』はいたるところに坂村真民氏の歌碑がある。
女将さんに尋ねたら特別なご縁を頂いたと語る。
『哲学』とは僕ら凡夫には縁遠いと思っていた。
『フィロソフィー』を『哲学』と訳したのが、そもそも縁遠くしたように思う。
哲学とは『どう人生を生きるか』だと諭される。
誕生⇒学生⇒就職⇒定年退職⇒年金生活と利害関係者から使われるのが普通。
特に会社員は己の人生目的も持たずただ漠然と一生を生きる。
例えば八百屋のご主人は人を評価するとき、知り合いが役員だとしても『会社員でしょ』と詰られる。
たいしたことはないという。
何も残せないが人生の障害物競走をひた走ってきた。
何が悪いのかと言われそうだが『哲学』することは少ない。
又、日本語の曖昧さが目的意識をうすめてしまう。
『YES』『NO』が冒頭に旗幟鮮明にする英米社会ではなく、日本語は最後まで聞かないと意志が見えない。
暈すことを得意とする。
責められれば、『そのように取られれば、本意ではない』と生き延びる貧しさ。
曖昧表現が長けて、結論を出さず人と比較しながらズルズルと人生を過ごす。
学校教育で『哲学』を強化すべきと思う。
大谷翔平さんのように『人生設計ノート』を作り、目標に向かい精進する事例もある。
誰もがたった一回の人生、自分の『人生設計ノート』を作り、漠然と一生が終わらないようにしたいものだ。