2007/9/14 安倍首相が辞任表明し、自民党総裁選が予告され、麻生氏と福田氏の一騎打ちとなりつつある。
各派閥の会合で総裁選立候補者に対し、『○○先生』と呼称し、期待をこめて支援するとの挨拶がテレビでさかんに映し出されるが、
国民の付託に答えられない国会議員が、お互いを『先生』と言い合っている様子をみていて自己満足の世界に陶酔しているかのように感じる。このレベルで満足しているようなら国際社会で戦えないだろう。
国会議員は『先生』ですかと伺いたい。どう答えるのでしょうか。国会議員の不祥事が次から次へと露見し、『先生』でもないでしょうに。それほど偉いのか。
国民に対して安心できる政策を実行することこそ、国民の付託に答えたと言えるのではないでしょうか。ある国会議員が『国民の付託に答えることが政治家の使命だ』と酔っていたが、国民の付託にろくに答えられないのに、『先生』気取りは止めてもらいたいと思う。
また別の国会議員は『国民はそんなに馬鹿ではない』と言っていたが、この言葉の裏に国民は国会議員より身分が低く、未熟で愚か者と思っている思い上がりが映る。
国会議員がお互いに先生と呼称する自己満足の体質がなくならないかぎり、国民の付託に答えるという言葉は絵空事だろう。