2007/9/3 産経新聞の石原慎太郎氏による寄稿欄の『日本人』は読み応えがある。
石原慎太郎氏の筆致の巧に酔いしれる。
その中でトルーマン大統領は『ソ連が参戦する前に原爆を投下し、ソ連に戦勝国の資格を与えるまいと決意した。広島と長崎の被爆は人類史上に永く伝えるべき悲劇の極致である。日本陸軍は、わが国の全体を焼土と化すまで本土決戦を怒号して一歩も退かない。しかし結果として原爆による屈伏は、ソ連が日本の国土に攻め込む時間の余裕を与えなかった』と言っている。
この結果、日本は東西に分断国家の惨状に呻吟する地獄絵となることを免れたと解釈される。
戦勝国は敗戦国には理解できない論理を展開し、正当性を主張するが、敗戦国は原爆の使用について戦勝国の正当性を受け入れられない。どちらも五分と五分、譲れないのだ。
また日本は米軍の核の傘の下に守られており、俄かに原爆を完全否定できない矛盾を孕む。
この問題に対する政府見解は内外共に曖昧にするしかないだろう。