日本史の歴代の為政者の家名の変遷はそれほど多くない。
初代の創造の神武天皇から126代続いているが、天下の政務を天皇から委ねられた人物が征夷大将軍となる。
初代征夷大将軍は諸説あり720年の多治比県守か。
幕府を開いた征夷大将軍は源氏(3代)⇒北条執権⇒足利家(15代)⇒徳川家(15代)
一番安定したのは徳川家。
しかし秀吉の死の床で五大老筆頭の家康に秀頼を頼むと懇願されても、豊臣家を滅亡させた政権交代の手法(大坂の陣、方広寺鐘銘事件など)はえげつなく、死後は神として東照宮に祀られるという矛盾を学ぶ。
また江戸時代、天皇家が日本史の表舞台にあらわれないのも特長。
禁中並公家諸法度が効いて、何事も幕府の承諾なしに動けなかったか。
15代徳川慶喜は行き詰まり大政奉還し江戸城は無血開城、明治天皇に政権を返す。
雪崩を打つように武家社会は崩れる。
徳川宗家は265年間、戦争はなかったと評価するがきれいごとでは維持できない。
昭和では天皇は軍部に利用され敗戦の責任者となるも、米国は象徴天皇を認める。
日本史を顧みると源氏⇒北条家(執権)⇒足利家⇒徳川家が政治をおさめる。
為政者の変遷でこの国の成り立ちを見る。
所詮は勝者と敗者の世界。
現代を見てみれば石破氏は既得権を潰されたくない派閥領袖連合に敗れ、菅傀儡政権が引き継ぐ。
石破氏は責任を取り派閥会長を辞する。
敗者復活はないだろう。
権力闘争は今も昔も変わらない。