2009/5/2 テレビ番組で聖パウロを特集していたのでたまたま見た。聖パウロの名前は聞いていたがよく知らなかった。すべて中途半端に知っていると言っても過言ではない。。
キリスト教をローマ帝国に広めたことで知られる聖パウロはトルコ生まれの新約聖書の著者の一人で、イエスの最後の晩餐に連なった12使徒の直弟子ではないが聖人に列せられている。
パウロは敬虔(けいけん)なユダヤ教徒だった。紀元34年ごろキリスト教に改宗した後、キプロス、ギリシャなどにキリスト教を伝道。新約聖書の「パウロ書簡」の著者として知られる。
迫害を受けながらもカッパドキアの地下都市にも布教をすすめるが、64年ごろ悪名高いネロ皇帝に差し出されローマで処刑され殉教した。
キリスト教をローマ帝国に広めた聖パウロの墓が、ローマのサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂で一般公開され始めたという。
聖パウロはダマスコへの途上において、「パウロ、パウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。
アナニアというキリスト教徒が神のお告げによってパウロのために祈るとパウロの目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった(「目から鱗が落ちた」という言葉の語源)。
こうしてパウロはキリスト教徒となった。この経験は「パウロの回心」といわれ、紀元34年頃のこととされる。一般的な絵画表現では、イエスの幻を見て馬から落ちるパウロの姿が描かれることが多い。